「イルカにのった少年」で一世を風靡した城みちるさんの現在の活動をご存知ですか。
城みちるさんは現在、地元広島を拠点にタレント活動と慰問ボランティアを元気に続けています。
自称【日本一息のなが~い一発屋】(公式ホームページより)
かつて継いだ実家の電気店を閉業した後も、故郷への恩返しと人とのふれあいを大切にして活動を継続されております。
この記事では、彼が直面した家業の閉業という現実や、芸能界からの引退、そして復帰。
現在の家族との暮らしや若いころの恋愛事情などついて詳しく解説します。
最後まで読めば、かつてのアイドルのたくましく誠実な今の姿がわかります。
城みちるさんのプロフィール

| 項目 | 内容 |
| 芸名 | 城みちる |
| 本名 | 城谷 晃太郎(しろたに こうたろう) |
| 生年月日 | 1957年11月18日 |
| 出生地 | 広島県呉市(旧・安芸郡音戸町) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 堀越高等学校 卒業⇒駒澤大学中退 |
| デビュー年 | 1973年(当時16歳) |
| デビュー曲 | 「イルカにのった少年」 |
| 現在の職業 | タレント、歌手、福祉施設への慰問活動 |
| 家族構成 | 妻、娘 |
所属事務所⇒ミュージック・オフィス合田所属
公式HP⇒城みちるオフィシャルサイト
城みちるの現在の活動と生活拠点
広島でのローカルタレント・歌手活動
城みちるさんは現在、地元である広島県を中心にしてタレントや歌手として活動しています。
彼自身が生まれ育った故郷に強い愛着を持っており、地域の人々とのふれあいを大切にしているからです。
テレビの全国放送で見かける機会は減りましたが、広島のローカル番組やイベントでは今でも大人気です。
私自身、50代の男性として昭和の歌謡番組をリアルタイムで見ていた世代なので、彼が今も人前に立って歌っていると知るととても嬉しくなります。
昔と変わらない甘いマスクと優しい語り口は健在で、地元の人々に愛されながら活動を続けている姿は、私たち同世代にも元気を与えてくれます。
長年続ける介護施設への慰問活動
城みちるさんはタレント活動の傍ら、老人ホームなどの介護施設へボランティアで慰問活動を長年続けています。
理由は、癌を患った父との約束だったから。自分を育ててくれたお年寄りの方々に、歌を通じて恩返しをしたいという強い思いがあるからです。
城みちるさんは施設で「イルカにのった少年」などを歌い、入所者の方々と握手をして回るという活動をライフワークにしています。
父が存命中に「500か所の慰問」は叶わなかったそうですが、平成27年には慰問公演1000回を達成。
私も50代になり、実際に自分の親の介護問題に直面して、施設に入居している高齢者がいかに外部との交流を求めているかを痛感しています。
だからこそ、全国の施設を回り、お年寄りに笑顔を届けている彼の誠実な人柄には、心からの尊敬の念を抱いています。
城みちるが直面した家業との向き合い方と閉業

人気絶頂時に一時引退
城みちるさんは人気絶頂だった20歳の時(1979年)に一度芸能界を引退し、実家の家業を継いでいます。
理由は、歌手活動は高校3年間だけ、という父との約束を守った為で、その後は駒澤大学へ入学。
大学は中退しましたが、これも父との約束どおり、家業の電器店を専務として手伝っていたとの事です。
その後、経営者であった父が癌を患った事により電器店は閉業し、
全国の福祉施設への慰問公演を開始。
当時の彼は「イルカにのった少年」の大ヒットで誰もが知るトップアイドルでしたが、あっさりとマイクを置く決断をしたのです。
私が中学生の頃、突然テレビから姿を消した彼に驚き、「どうして辞めてしまったんだろう」と友人と話した記憶が鮮明に残っています。
スターの座を未練なく捨て、実家の事業という堅実な道を選んだ潔さは、大人になった今だからこそ深く理解できます。
親の期待に応えるために自分の夢を一旦封印した彼の生き方は、家族を養う50代の男として非常に共感できる部分があります。
芸能界復帰の経緯
これにはビートたけしさんが関わっており、漫才のネタとして度々、
【イルカにのった少年はどこに消えた?】とステージで発言していた背景があり、
新番組として始まる予定であった、『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』に主演オファー。
悩んだ末に出演を承諾し、芸能界に復帰を果たしました。(1986年)
ビートたけしさんの記事もどうぞ!!
城みちるの家族とプライベートな顔

城みちるの現在の奥様は?
城みちるさんは20代前半の頃に一般の女性と結婚して長男を儲けるも1年で離婚し、
1991年(平成3年)に地元広島でリポーター業などを行う山本けいこさんと再婚。
長女をもうける。後に夫婦で全国ネットのバラエティ番組に出演。
彼は現在の奥様と娘さんに囲まれ、とても幸せな家庭生活を送っています。
城みちるの娘さんは元タレント!
城みちるさんの娘は、広島市の専用劇場を拠点に活動するアイドルグループひろしまMAPLE★Sの元メンバーで、
ネットアイドルの城谷るりさんです。
2016年(平成28年)4月20日には呉市文化ホールで行われた公演のステージで父娘初共演を果たしています。
城谷るりさんは『有吉反省会』に出演経験もあり!!
過去の恋愛と「イルカにのった少年」の思い出
城みちるさんのアイドル時代の甘酸っぱい思い出は、今でもファンの間で語り草になっています。
理由は、1975年当時、同じくトップアイドルだった伊藤咲子さんとの交際が報じられたから。
当時の報道はすさまじく、トップアイドル同志の恋愛が珍しかった為か、連日のようにTVや紙面を賑わしていました。
交際期間は4年間ほどとの事で、その期間中に城みちるさんは一度引退されたおります。(先述)
結局二人は別々の道を歩むことになりましたが、青春時代の美しい1ページとして、私たち50代の記憶に深く刻まれています。
彼が今でも「イルカにのった少年」を当時のキーのまま歌えるのは、そんな輝かしい過去を大切にしている証拠だと思います。
城みちるの健康状態と若さの秘訣
病気の噂の真相と元気な現在の姿
城みちるさんは現在大きな病気を患っておらず、非常に健康で元気に活動しています。
彼が日頃から規則正しい生活を心がけ、心身の健康維持に努められているからですね。
一部のインターネット上では、彼が大病をしたという誤った情報が流れることがありますが、それは全くの事実無根です。
おそらく、同世代の他の昭和スターたちが病気に倒れたニュースと混同されてしまったのだと考えられます。
私たち50代にとっても、血圧やコレステロールの数値など、健康不安は決して他人事ではなく、ネットの情報を鵜呑みにしてしまいがちです。
私自身も健康診断の結果を見て一喜一憂する年齢ですが、彼が今もスリムな体型を維持し、若々しくステージに立っている事実は、大きな励みになります。
アクティブに活動を続けるモチベーション
城みちるさんが今も精力的に活動を続けられるのは、長年応援してくれるファンの存在があるからです。
自分の歌声で喜んでくれる人がいるという事実が、家業を終え福祉施設への慰問活動を行う彼にとって一番のモチベーションになっているからです。
慰問ボランティアで涙を流して喜んでくれるお年寄りや、イベントに駆けつけてくれる往年のファンたちの笑顔が、彼の原動力です。
同世代の友人たちとお酒を飲む機会があると、「定年後は何をして過ごそうか」という話題が真っ先に出る年齢になりました。
そんな中、誰かのために無償で歌を届け、自分自身の役割をしっかりと持っている城みちるさんの生き方は、一つの理想的なセカンドライフだと言えます。
城みちるさん現在の彼の輝きは、決して作られたものではなく、内面から滲み出る充実感そのものです。
まとめ
この記事では、城みちるさん現在の活動や生活について、正しい情報に基づいて詳しく解説してきました。
城みちるさんはかつて家業を継ぐために一度引退をしていた事、その後家業を閉業するという大きな決断を下し、現在はタレント活動と慰問ボランティアに情熱を注いでいます。
福祉施設への慰問は1000回を超え、お年寄りや往年のファンの方々に今もその歌声を届けております。
また、人気絶頂のアイドル時代には同じくトップアイドルであった伊藤咲子さんと恋愛を経て
その後違う方と一度結婚ののち、離婚。
現在は元リポーターであった山本けいこさんと再婚、そして過去のアイドル活動の経験もある
娘さんと幸せな家庭を築き、現在に至っております。
青春時代に「イルカにのった少年」を聴いて育った私たちにとって、彼が今も誰かのために誠実に生きている姿は、心強いエールになっています。
現在は奥様や娘さんという温かい家族に支えられながら、地元広島で穏やかで充実した日々を送っています。
これからも健康第一で、彼らしい優しい歌声と笑顔を私たちに届け続けてほしいと心から願っています。
では!!
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